【読書】びんぼう自慢
貧乏は味わうものですな
稀代の名人
古今亭志ん生の名著『びんぼう自慢』を読みました。
僕は今年、志ん生さんの『そば清』を聞いて落語が好きになりました。
20代の頃、人に勧められて幾度か聞いたことがあるのですが、
何を喋っているのか分からず、全く興味を持てませんでした。
落語好きな人に、志ん生には病前・病後があり、病前の落語を聞くことを勧められ、
好きになりました。
その志ん生さんの半生をインタビュー形式でまとめたのが
『びんぼう自慢』です。
食べるものがなくてカエルやタンポポで飢えを凌いだり、
壁一面ナメクジだらけの長屋に住むなど、
現代の貧乏の概念が覆されるような壮絶な生涯が綴られています。
「貧乏は味わうものですな。」と言い切ってしまう志ん生さんには
頭が下がります。
冷暖房のある家に住んで、買って来たものを食べている僕。
口が裂けても「自分は貧乏」とは言えません。
志ん生の酒キチエピソードで打線組んだ
この本を読んで印象に残るのは貧乏もさることながら、
志ん生さんのお酒好きです。
僕も20代の頃は酒で随分と周りの人に迷惑をかけて来た自負があるのですが、
志ん生さんのそれには到底かないません。
志ん生の酒にまつわるエピソードを「打線組んだ」で以下にまとめてみました。
1(遊)納豆売り時代、売り物を肴に仲間と飲み明かす。
2(二)出演時間になっても来ない師匠を呼びに行くも一緒になって酔っ払う
3(右)真打ち披露の支度金を席亭に渡され吉原に直行。
5(中)防寒着を焼酎2升と交換。大連の冬を着物で過ごす。
6(三)引き揚げ時、家族宛の電報に「サケタノム」と書いて係の人に怒られる。
7(左)奥さんが内職で預かっている反物を質屋に入れ散財。
8(捕)空襲が来て、防空壕で飲む
9(投)関東大震災発生時、酒屋へ直行。その場で一升五合飲み、割れてない瓶を2、3本抱えて帰宅。
中継ぎ:脳出血で入院中、奥さんに酒を頼むが、医者の指示で断ると、「亭主より医者が大事かぁ!」と逆ギレする。
抑え:飢えと寒さに耐えかねて、ウォッカ6本を一気飲みして自殺を試みるも、これまでに培ったアルコール耐性で死に切れず十日ほどで全快。
それでもやることはやっている
これらのエピソードを聞くと、「どんだけクズだよ!」とツッコミたくもなりますが、
志ん生さんはただのアル中の破天荒ということではなく、
常に死を覚悟して生きていたという事実があります。
戦争という時代背景がそうさせた最大の要因でしょうが、
満州慰問の件を家族に相談した時
「向こうには、まだ酒があるてえから、冥土の土産にたらふく飲んでくるよ。死んでもともとだ。うまく生きて帰れりゃァ、酒ェ飲んだだけトクじゃねえか。オレ、行ってくるよ」と言ったそうです。
そしてどんなに酒を飲もうとも、どんなに過酷な状況にあろうとも志ん生さんは
落語を大切にしていました。
「ほかのことをやらしたら、子供より役に立たないが、はなしの稽古だけは、決してほったらかしにはしない。子供ォ守りしながらも、ひとりで何席もしゃべっていましたよ。」
僕は志ん生さんのこの言葉を胸に刻み、自分が夢中になれることに命を燃やして生きていきます。